「巨人たちの神戸」 第2回
アンドレ・マルロー――「永遠」を見つめて
その人はずっと、「永遠なるもの」を求め続けていたように思う。
祖父が、そして父までもが、自らの手で命を絶っていた。その人の眼には、常に「死」が映っていた。仮にいかなる地位を得ようとも、財をなそうとも、壮健を誇ろうとも、人は皆、この世から消えていく。
では、いったい“なんのため”の人生なのか。人は、いかにすれば「永遠なるもの」を発見し、そこにうたかたの無常の身を重ね合わせることができるのか。
その人、アンドレ・マルロー(1901〜1976)を、単純な肩書きで呼ぶことはむずかしい。冒険家であり、傑出した美術評論家であり、『人間の条件』『希望』に代表される作家であり、ナチスと戦ったレジスタンスの闘士であり、ド・ゴール仏大統領の盟友として文化大臣を務め、のちに「ミロのヴィーナス」や「モナ・リザ」の日本公開にも尽力した政治家でもあった。
幼い頃、マルローは両親に連れられて何度もギメ美術館を訪れた。展示されていた日本の磁器の洗練された美に、すっかり魅了されてしまう。それが、マルローと日本との出合いだった。
その彼にとって運命的だったのが、のちに深い理解者となる小松清との邂逅だった。小松は1900年に神戸で生まれた。画家、ジャーナリスト、文芸評論家、そしてなにより優れた翻訳家と、小松もまたマルローと通じ合う全能人間であった。ランボーやジッドなどのフランス文学を邦訳して日本に伝えたのは、この小松清である。
マルローが「行動する作家」としてファシズムと戦い、スペイン内戦で国際義勇軍の飛行隊長をつとめ、バングラディシュ独立を支持したように、小松もまた日本のファシズムに異を唱え、ベトナム独立運動を支持し、若き日のホー・チ・ミンと交流して、マルローを彼に引き合わせてもいる。
マルローと小松は、1931年初頭にパリで出会って意気投合した。その年の5月、マルローは妻と共に東方への旅に出発する。イラン、アフガニスタン、インド、ビルマ、香港などを経て動乱の中国を訪れ、天津から長安丸に乗って神戸をめざした。10月7日の朝、雨の降る神戸港に、日本への第一歩を記すのである。そこには、小松清が出迎えていた。同日の大阪朝日新聞夕刊は伝えた。
<フランス文壇の若き寵児、マルロー氏夫妻けさ神戸着来朝>
マルローは生涯のうちで4度、日本の土を踏んでいる。彼の関心は、日本の美に向けられていた。しかし、その関心の奥底にあったものは、「無常」を表出しつつも、その「無常」を乗り越えようとする東洋的精神だった。
万物の生老病死・成住壊空をつかさどり流転させゆく永遠なる法則――。ヨーロッパ人の彼の魂は、日本の美が体現する「無常」の奥に、日本人自身が見失っていた「永遠なるもの」への讃歌を聴いていたのだと思う。
いったい人間が、運命に振りまわされ、儚く消えていくだけのものであって、よいはずがない。魂とは、そんなものではない。では、どうすれば人は、本来の神々しい価値を体現していくことができるのか。
「要は、自分は一個の人間としてなにができるか、なにごとに対して行動できるか」(『人間革命と人間の条件』)
マルローの答は「行動すること」だった。表層の政治的な次元ではなく、歴史的に行動すること。歴史に対して、自分が生まれてきた責任を果たそうとすることだった。
彼はまた、環境問題に心を痛め、この人類共通の敵が、はからずも人類を結束させることになるだろうとも予見していた。晩年、この革命の国の闘士は、二十一世紀の人類が新しい精神革命を必要としていることを示唆し、東洋の叡智に密かな期待を寄せている。
「今から百年後に二十世紀文明と絶対的に異なる文明が起こりうるということが、当然、考えられてしかるべきでしょう。その場合、かつてのヨーロッパにキリスト教がもたらした精神革命といったものが、ふたたび仏教によってもたらされないという保障はどこにもない、ということです」(同)
昭和初期に上海で起こった民衆蜂起を素材とした『人間の条件』は、最初の訪日直前に訪れた広東で着想され、日本で執筆がはじまった。そして、マルローはなぜか中国を舞台とした小説の最後の場面を、騒然たる流血の上海ではなく、陽光あふれる神戸の景色にしたのである。描かれているのは、太陽の下で神戸の港湾地帯を行き交う労働者たち。それは彼が初めて見た日本の景色でもあった。
運命に支配されているかに見えながら、それでも逞しく生きる神戸の庶民の中に、マルローは意識するとせざると、いかなる暴風雨をも乗り越えていける「永遠なるもの」の輝きを感じていたのかもしれない。
【参考文献】
『人間の条件』(アンドレマルロー/新潮社)
『アンドレ・マルロー日本への証言』(竹本忠雄/美術公論社)
『アンドレ・マルローの日本』(ミシェル・テマン/阪田由美子訳/TBSブリタニカ)
『人間革命と人間の条件』(アンドレマルローVS池田大作/聖教新聞社)
(『神戸からのメッセージ』 2004年9月17日 第5号)
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